夢をカタチに インターネット活用コーチの福田浩です。

人をタイプ分けするって有るよね。

僕がガイドをやっているオンラインコミュニケーションマネジメント講座の中で、BeingDoingチェック©というのがあるんです。
ここでは、存在を認められることに自分の価値を感じるBeタイプと、実践することに価値を感じるDoタイプ。率先型のAttackタイプと慎重型のDefenseタイプがあるんだとしています。
相手との違いを認めて、相手に合ったアプローチをすることで、より効果的なコミュニケーションを図ることが出来ると言うことです。

他にもね。いろんな「タイプ分け」がありますね。

僕はこういうタイプ分けがどうも嫌いでした。
なぜかというとね。

「おまえにはこんなところが有る」というのは、僕は大好きなんですよ。自分の知らない一面を指摘されると嬉しいです。
でもね。「おまえはこのタイプだ」と言われるのは、なにか自分が枠に嵌められているような。規定されているような、そんな気がするんです。

「違うよ。おまえに俺の何が分かるんだ!」って反発心が湧いてきます。ひねくれているんでしょうね。

僕は、こう考えます。
全ての要素が自分の中になるんだろうと。そして、経験を重ねるうちに行動に偏りが出て来る。
例えば、僕はDo-Attackタイプと出るんだけど、他のタイプの中に「僕の知らない僕」があるんだろうと思うんです。
つまり、僕の可能性、僕の広がりは、そこにあるんだと。

コミュニケーションと言うときに、大切なことは「異なるところ」ではなく「共通するところ」
ミラーリングというのがあるよね。相手に「合わせる」ことで親近感を感じるというやつ。
相手のタイプに合わせて自分のタイプを変えることが出来たら、コミュニケーションとしても、人の成長にとっても、理想だと思うなぁ。

「自分はこのタイプだからこういう行動を取るんだ」と言う人居るでしょ。自分を自分で狭くしてどうするんだろうね。

道教というのがあるでしょ。老子の「道」と荘子の「道」とは少し違うんだそうですが。
老子の「道」というのは、万物がそこからい出て、万物がそこに帰る。

新芽が出て来ると柔らかい。赤ちゃんも柔らかい。
それがだんだん分化し堅くなっていく。道から離れていく。

だから、常に「道」に戻る。柔らかい自分に戻る。

そういう営みがね。人として大切なのでは無いかなと。そんなことを考えて居ます。

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