夢をカタチに インターネット活用コーチの福田浩です(^_^)v

 

熊本で地震があったようですね。

姪っ子からLINEでメッセージが来ました。

そういうことに関心を持って知らせてくれるようになったんだなぁ。

 

親鸞とパウロ」を読了しました。

 

とても面白かったです。

キリスト教の八木先生と禅宗の秋月先生の対談本。

以前、読んだことはあるのですが、やはり当時とは受け取り方がぜんぜん違っているように思います。

 

若い頃はね。やっぱりこういう難しげな本を読むことに喜びを感じていたと思います。

自分はこんなことを知っているんだと、そんな感じですね。

 

今はもっと、自分の経験や問題意識に引きつけて読んでいるように感じられます。

ですから、シンクロニシティと言うんでしょうか、いろんなモノが繋がって、なにかに導かれているような気さえしています。

 

親鸞とパウロですね。

うちは安芸門徒、浄土真宗ですから、親鸞には以前から関心を持っていました。

と言っても、法事のときくらいですけどね。

その親鸞がパウロと似ているんだと、八木先生の御著書は何冊か読んでいましたし、これは面白いなぁと言うことでクはね。

 

対談と言うことですので、斯界を代表する碩学が意見をぶつけ合うわけですよ。

いやぁ、お二人とも、なんでもよう知ってはりますなぁ。わくわくしながら読みました。

 

この本の中で、とっても素敵なお話しがあったのでご紹介します。

 

雲厳さんというお坊さんがお茶を点てているところに、道吾さんというこれまたお坊さんが来て尋ねたんですね。

このお茶、誰にやるのかい

一人欲しいという者があってな

どうしてそのお方に自身で点てさせないのか

幸いにわたしがここにおるのでな

この「一人」と「私」・・・いや、同じ人ですよ。

この「一人」と「私」との関係性。つまり「一人」が求め「私」が答える。

 

別の話をしましょう。

同時に読んでいた本なんですけどね。

 

 

ここに(P111)こんなことが書いているんです。

 なぜそれを望むのか

  1. 愛する人のため
  2. お金を得るため
  3. 名声を得るため
  4. 自分はそれを得るに値するから
  5. 力を得るため
  6. 父親(あるいは元配偶者、母親、先生、コーチ)が間違っていたことを証明するため
  7. 人生あるいは人間はどうあるべきかについての自分のビジョンを実現するため
  8. 楽しいあるいは美しいから
  9. 選択の余地がないから

もし、8か9を選んだのなら、あなたはここに残る資格があります。

その他の7つを選んだ場合でも、残ることはできます。ただし、直ちに「更生室」に入ってもらうことになります。

この「一人」と「私」、「自己(セルフ)」と「自我(エゴ)」

 

コーチをやってて、「私には価値がある」「私には可能性がある」「私が私が・・・」というね。

そういうところになにか「我執」を感じることがあるんです。

 

「幸いにわたしがここにおるのでな」

 

僕はその気持ちを大事にしたいなぁと、そんなことを思います。

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