夢をカタチに インターネット活用コーチの福田浩です。

河合隼夫先生のユング心理学入門を読了しました。

深いなあ。ここに書きたいことがたくさん出来ました。
これから、小此木先生のフロイトを少し学びながら、河合先生の対談集のようなものを少し読みたいと思っています。

書きたいことはいっぱい有るんだけれども、まずは「中立性の原則」ということを自戒を込めて書いてみたいと思います。

フロイトはこんなことを言っているんですね。

分析医は患者に対して、教師、模範、理想となり、これの典型に従って人々を教育したい、という誘惑をどんなに感じることがあっても、絶対にそれは精神分析的な治療関係における自分の責務で無いこと、いやむしろこのような傾向によって分析医が引きずられるようなことがあるならば、それは分析医としての自分の責務に対して不忠実であるとのそしりを免れることができないことを銘記すべきである

僕たちは、自分に知識がある、答えを知っていると思いがちじゃないかな。
そうすると、つい「教師」のように、あるいは「救世主」のように教えを垂れたいという誘惑に駆られてしまいます。

これをフロイトは「医師としての分別」という言い方をしています。ここを越えることは許されないんだと。

そのさいに、病気を治すことよりも、むしろ患者の自我に決定の自由を与えるべきである

ユングもこんなことを言っていますね

分析家は何をしようと、夢を理解しようとだけはしてはいけない

もちろん、知識や見識は人それぞれ持っているわけだけれどもね。
それをなにか決まったことであるかのように、正しいことであるかのように、そういう提示の仕方をするとき、自分の中にどんな気持ちが有るのかを探ってみると良いかもしれません。

最近、こんなことを言う人が居てね。

私は正しい、あなたは間違っている。それを説明するのはめんどくさい。

この人は、どんな気持ちでそういうことを言ったのかなと、想像してみるんだけれども。

そういう気持ちは、自分の中にも有るかもしれないなあと、ちょっと反省します。

 

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