リフレーミングの話をしていてちょっと思ったこと。

リフレーミングって、そんな特別なことじゃないよという話をしていたんだけどね。
ふと、U理論のことを考えた。

U理論ってね。このブログでも書いたことがあるかなあ。
なにかイノベーションを起こすみたいな時に、Uの文字のように「降りていく過程」「潜っていく過程」「登っていく過程」があるんだって。

降りていく過程では、何が起こるかというと。
まず、DownLoading、つまり「過去の経験」をダウンロードしてきて、その「フレーム」で見ているわけ。
これを「私の中の私」と表現していますね。今までの「私」のフレームがあるから、それと合うかどうか「判断」している。
その「Voice of Judgment 判断の声」つまり「自分のフレームからの声」を乗り越えると、次に行ける。

次にSeeingかな。物が見えてくる。
なぜ見えるかというと、自分のフレームを乗り越えて「物」に目が行っているから。
つまり、別の「フレーム」に触れたからですね。こうして複数の「フレーム」が有ると「多様な見え方」が出来る。つまり「判断」が出来ない。
だから「物」が見えてくる。「それの中の私」ですね。
僕は自分の見方と相手の見方、自分のフレームと相手のフレームを並べて見ることが出来る。メタ化というのかな。少し外から見えてる。
ここがリフレーミングが起こりつつあるところ。「外にあるフレーム」を感じているところ。
でもね。自分の「フレーム」から出るのは難しい。だから「Voice of Cynicism 皮肉とか嘲りとか諦めとか」そんな声が聞こえてくる。

次にSensingですかね。感じることが出来る。「あなたの中の私」
これは「相手の目から見ることが出来る」ところですね。「外にあるフレーム」を受け入れたから、そこから見ることが出来る。
ここでリフレーミングが一つ出来たということかな。それでも自分のフレームを失うことは怖いから「Voice of Fear 怖れの声」を乗り越えることになる。

そこを乗り越えるとPresencingなるものに行き着く。自分から自由になる感じかな。
ここでは「今の中の私」、今ここで、というところから自分を見る。そこには「創発」というのかな。「未来から立ち現れる」なんて言うけどね。要するに「棚からぼた餅」やね。
そこにはいろんな「フレーム」が見えてくるんだと思う。

僕は、リフレーミングって言うのは、数じゃないかなと思います。要するに「固定する」ことが良くない。いっぱい有るんだと思うと「固定」なんて出来ない。「判断」なんて出来ない。
なにか、リフレーミングが起こって感激している人が居ますけどね。それはよく分かる。パーッと世界が広がるように見える。

でもね。そんなあなたに言いたい。。。それが答えやと思ったら大間違い。。。まだまだ序の口やで。

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